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    ARABESQUEとART NOUVEAU.

    1874年、ドガ、ルノワール、セザンヌ、シスレー、ピサロらが開いたプライヴェート展覧会が「印象派絵画」時代の幕開けでした。おなじく19世紀の世紀末に始まった商業美術の潮流にアラベスクを取り入れたART NOUVEAUアール・ヌーヴォー(新芸術)があります。アール・ヌーヴォーの建築様式、室内装飾、はドビュッシーがピアノ作品を発表しはじめた1890年頃、パリで全盛を極めていました。 そのアール・ヌーヴォー美術の旗手が現在のチェコ共和国生まれでミュンヘンの美術学校を卒業、1988年PARISのアカデミー・ジュリアンに入学し1895年女優サラ・ベルナール「ジスモンダ」のポスターで一世を風靡したAlphonse MUCHA(ミュッシャ)です。
     
    (写真はMUCHAの装飾パネル「カーネーション」とMUCHAによる、まるでペルシャ絨毯のようなパリ万博に出品されたタペストリーの下絵です)

                        

    このミュッシャに代表されるアール・ヌーヴォーデザインは「アラベスク」を大胆に取り入れたことに特徴があります。ARABESQUEとはCHINAに国名としての「中国」と同時に「陶磁器」を意味するように、「アラブ風」の意味と「空間、平面を連続した装飾模様で覆う」意味が両立します。イスラム教における偶像禁止の戒律によりムスリムの人々は「絵画」が禁じられたために、芸術として最高のものとされたのがアラビア文字の「書道」であり、建築物(主としてモスク=イスラム寺院)の壁面、あるいは絨毯などの平面を極限までに精緻な「装飾模様」で覆い尽くし「永遠」と「普遍性」を表現することによってその精神性の発露をみいだしました。 

                     (from wikipedia)

    アラビア書道の作品を2例紹介します、ミュッシャの「線のあしらい」が、いかに「アラビア書道」の影響を受けているかがよくわかります。 なお、ARABESQUEに日本語で「唐草模様」の訳をあてるのは、風呂敷などに見られる植物の連続模様が、五世紀頃中国から伝来したためで「唐草」という植物の模様ではなく「唐」より伝わった「草=植物=蔦」模様の意味です。この中国で独自の発達をとげた模様自体、いうまでもなくアラベスク本場のアラビア諸国から(エジプトあるいはメソポタミア=現在のイラクよりの二説が有力)はるばるとシルクロードを渡ってもたらされたものです。                                                                                                                       【Listen to mp3 Claude DEBUSSY:Premiere ARABESQUE】            【Listen to mp3 Claude DEBUSSY:Deuxieme ARABESUE】
          【Listen to mp3 Claude DEBUSSY:Premiere ARABESQUE ver'2】  【Listen to mp3 Claude DEBUSSY:Deuxieme ARABESQUE ver'2】